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初めてインドに来た時の事

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ナマステ。いつも読んで頂き有難うございます。とてもうれしいです。これからも続けますね。今日は初めてインドに来た時の事を書いていきます。以前のブログにも書いた通り僕は仕事をいくつも掛け持ちしてお金を貯めてインドに来ました。何故インドなのか、それは僕の義理の姉がインド古典舞踊のカタックダンスのダンサーで、一年に一度渋谷の代々木公園で開催されるナマステインディアでステージをみて感銘を受け、そしてバックで流れているあの気持ちの良い音は何だろうと調べるとタブラというインドの古典打楽器であったのが切欠です。そこからタブラを習得してみたいと思うようになり、お金を貯めて出発。インドにはなんにも知り合いのツテはなかったため弟がネットで調べてくれてサンタナのプリーを目指しHISで航空券を買った。サンタナという日本人宿がネットで出てきた。その中で一番のんびりできそうなプリーを選んだのが始まりだった。出発前日、タイミングよくナマステインディアが開催されており、そこでサンタナがブース出展されていた。そしてスタッフの方もいると思い、挨拶に行くことにして、見事にファクナさん坂本さんに会う事が出来て、クンナさんの名刺を頂いた。翌日プリーを目指した。まずデリーへ飛び、しばらく時間が空いていたためタブラを買うことにした。せっかく買った地球の歩き方を日本に忘れてきてしまったことを強く反省したが、もう仕方がなかった。僕の荷物は山ほどあったがそれらを抱えて、インディラガンジー国際空港からメトロでニューデリーまで行き、サイクルリキシャを広いチャンドリーチョークまで言行ってもらった。もう20時くらいだったが楽器屋はまだやっていて、そこで練習用のタブラを3500RSで買い、そとに待っていてもらったサイクルリキシャでまたニューデリーから、エアポートメトロで空港に帰った。ブバネシュワルまで飛ぶ飛行機は翌日あさ9時くらいだったのでまだ10時間ほど時間が余ってしまったため、空港内には入れなかったが空港の一番脇の待合場所にはギリギリ入れてもらえてそこで数時間過ごしてcheckINして翌朝を待った。今考えればよく、あの夜のデリーを一人で出れて無事にタブラを買って帰れたものだと今になって思う。デリーはそれくらい旅人たちが平気で騙されるところだ。翌朝ブバネシュワル国際空港に到着し、車でプリーのロッジまで向かった。あの暑く蒸して、匂いも雰囲気も胸の高鳴りも今も忘れられない。これから一体何が待っているのだろうか。僕にも誰にもわからない。特に下調べしていかなかったためプリーがどこら辺にあるのかもよくわかっていなかったが、フアンはなかった。ドキドキしている方が大きかった。これから半年間、どういうふうに自分はなるのだろう。していくのだろうと期待した。そしてこんなにも長期で一人になるの事も初めてだった。全ての気持ちが一緒コタンになって初めてのインドに到着。少しずつ僕の目標は定まっていくことになるのだった。出来事や出会いは全部必要だった。今でもとおもう。つづく

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